ギターの温湿度管理について

最近のある投稿をみて、心を痛めておりましたが。
製作家としてギター故障の悲劇を防止するのに少しでも役立てたらと思い、ギターの温湿度管理方法についての僕の意見を纏めて記事にしようと考えました。

自分なりに勉強し経験した結果ですが、他の製作家の方も、異なる意見をお持ちの方がいらっしゃりましたら、意見を頂き、新たな指標を築いていけたら幸いと考えております。

まず、木の事を知っておく必要があると思います。

基本的には、木はセルロース ヘミセルロース リグニン という3つの主成分から構成されます。

木の組織を建築に例えると、セルロースは柱、ヘミセルロースは紐、リグニンはコンクリート などといわれるようです。構造的としては、主成分であるセルロース(柱)にヘミセルロース(紐)が縦横無尽に絡み、隙間がリグニン(コンクリート)で埋められている みたいなイメージです。

転載はしませんが、検索して頂ければわかりやすいサンプル画像がいくつかでてくるかと思います。

セルロースとセルロースの間には、本来たくさんの水分があるのですが、時間経過や振動を与える事により、水分が少しずつ抜けてゆきます。
すると、セルロール同士がくっつき、木目方向はより強度が上がるになるという現象がおきるようなのですが、一方で、ヘミセルロース(紐)は時間と共にぷつぷつと切れていってしまうそうです。

結果的に、木目の縦方向にはどんどん強度が増していき、逆に横方向の繋がりは徐々に弱くなっていき、強度が落ちる(要するに時間経過で割れやすくなってゆく)ということになります。

それが、木材の経年変化 とか、エージング とか言われている現象です。

ギターという楽器は弦の張力が表面板にかかっており、さらに言えば振動体です。どんなギターも遅かれ早かれ、いつか割れる という認識でいたほうが精神的な負担は少ないかもしれません。

割れにくい構造のギター を作る為には、板の厚みを厚くする(ヘミセルロースにたよらず、リグニンによる強度を確保する)か、木目と直角方向のブレイシングを多く入れる事で割れにくくするなどの方法が考えられますが、板を厚くすると鳴りづらくなりますし、木目と直角方向の力木は音色にとても大きな影響を与えます。

このあたりをどう設定するかで、そのギターの個性が決まってくるでしょう。

個性の問題は好みの問題なのでそこに正解はないのですが、ギターに対し、板が割れると価値が下がる と、楽器以上に投資的な付加価値を求めるのであれば、表面板の厚みがしっかりあるギターを選ぶとよいと思います。

ギターの購入の際には、そのギターがどういう個性なのか ということをよく知っておいたほうが、こんなはずじゃなかった を避けられると思いますので、高いギターを購入の際はよく調べた方がよいでしょうね。

さて、ギターの管理についてですが・・・適正な温湿度 というのは、メーカーによって異なるので、ずばっと答えを言い切るのは正直難しい問題です。

温度 については、使っている接着剤の膠が溶け出す温度でなければ、低い分には故障はおきないと思って頂いてよいと思います。

40度は超えないようにしたほうがよいでしょう。夏場に車に置きっぱなし などは致命的な故障の原因になります。問題は湿度です。高すぎても低すぎても故障に繋がります。

河野ギター製作所では、基本的に温度28度、湿度40% という環境で作っているので、弊社の製品に関して言えば40%を維持するのが一番ギターがストレスのない状態です。

しかし、湿度のコントロールは難しく、乾燥による割れ よりも、多湿による故障(力木はがれなど)の方が、心情的にダメージが少ないので、お客様には50%くらいを目指して管理して下さいね と言っております。

なので、他メーカーさんの適性湿度については可能であれば購入時にショップや製作家に聞いておくとよいでしょう。

たまにですが、〇〇製のギターは同じ管理でなにも問題がなかったのに、河野ギターは故障がでてしまったということもあります。例えば40度を超える温度や、30%を切るような乾燥、70%を超えるような多湿、長年の経年劣化には残念ながらうちのギターでも耐えられません。メーカーがどの湿度を標準としているか は若干の違いがあるのです。

多湿の場所に住む人、乾燥した場所に住む人、国によっても環境は様々で、うちでは経験から、平均的に一番故障が起きにくい湿度コントロールをしております、その結果、世界的に故障しにくいギター という信頼を得ているのだと思っております。

一般家庭で、どうやって温度湿度をコントロールしたらよいか、よく聞かれますが、基本的にはギターのある環境に温湿度計を一緒に置くようにしましょう。

コントロール方法として推奨するのは下記の2つです。

①ケースから出して、エアコンや加湿器&除湿器を使い部屋の湿度を一定に保つ方法。

②楽器店などで売られている湿度調整アイテムを使い、ギターケース内で管理する方法。

楽器店などで、自動的に同一の湿度に保つ とうたっている製品をいくつか見かけますが、それらのアイテムを過信しすぎるのはよくないです。

過去に、性能を調べたら全然でたらめだった ということが実際にありました。ケースの気密性などによって条件が変わってくるので、難しいのだと思います。

湿度を吸ってくれるアイテムも、永久的に吸ってくれるわけではありません。加湿器や除湿器にしても同様です。いろいろなアイテムを購入し試していますが、なかなか目標数値通りに設定できるものはありません。

これらの理由から、湿度計で自分で管理をする という事は必須だと思っています。

ギターを何本もお持ちの方なんかは、ギターの保管場所をきめて部屋でまとめてコントロールしてしまった方がよいでしょうね。

寒い地域で、乾燥しすぎて加湿器をいれても中々湿度があがらない という方は、
いっそ家の中の冷えた場所に置くと比較的湿度は高い状態に保たれております。(0度を切ったり結露させるようななのはさすがにNGですが・・)

ケースに入れて押し入れなどにしまう などはよいと思います。

次に湿度計の話ですが、湿度計自体も実は結構狂ってきてしまうものです。

数千円で売られている高精度温湿度計とうたっているようなものについても、精度保証期間 が定められていたりしますが、それはせいぜい2~3年 しかありません。

個体差があるようで10年使っても正しい値を維持しているものもあれば、5年以上で20%近く狂ってしまうものもあります。

うちでも、以前はそれらの湿度計を使い、2年ごとにすべて買い替えをしていました。

最近はとてもよい湿度計の存在を知り、それを使っております。

おんどとり というアイテムで、

高性能湿度センサーがついています。詳しい原理はよくわかりません。5年ほど使っておりますが、とても正確で今のところ狂いはみられません。

それでも、メーカー曰くセンサーは劣化していく との事です。その場合は、センサーだけ購入&交換することができるそうです。

この温湿度計さらに良いところは、データをクラウドに保管し、グラフ化をしてくれるのです。スマートフォンのアプリで、離れていてもリアルタイムで教えてくれるので、どこにいても安心です。小さいくて電池式なのでケースの中に入れておくことができます。

右の画像で、温度は黄色の線、湿度は緑の線で描かれています。この部屋での目標湿度は40%と考えているので、平均してみた時に大体40%くらいになっていることが分かると思います。

木の湿度の出入りは非常にゆっくりです。長い時間をかけて湿気を吸い、

長い時間をかけて吐き出します。

木によって、湿度の出入りのスピードに差があるので具体的に何時間とは言いにくいのですが、軽い表面板などの木は比較的早く、指板(黒檀)などの重たい木は時間をかけてじわりじわりと動きます。

(なので2~3時間であれば、湿気過ぎても乾燥しすぎてもあわてることはありません)

話はそれましたが、ある定期的な時間置きにログを取り、記録をしてくれることで、その場所の湿度の平均値で見てコントロールすることができるのです。(この画像は、ギターを組み立てる木地室の設定温度ですが、平均で40%近い値をしめしています)

設定した湿度から外れると、メールなどで警告してくれる機能も便利です。

※紹介しておいて恐縮ですが、湿度系の使い方などの問い合わせがたくさんこちらにきてしまうと対応できませんので、メーカーへお願いいたします。

そこまできっちり管理してられるか! という方は、
乾燥してるサインとして、すぐに分かるポイントが、フレットのバリ です。下記画像の赤い丸の部分です。

通常、指板にはエボニーやローズウッドなどの質量の大きい木が使われており、湿気によって伸び縮みします。

乾燥すると縮むのですが、フレット自体は金属なので動きません。

すると、製作時に40%で管理されたギターが、30%になると、10%分、指板が水分を吐き出して縮むので、フレットの端が木から飛び出してくるのです。

こうなっている状態は、ギターが乾燥して板にストレスが発生している状態です。
放置しておけば割れる可能性も高いでしょう。

よくフレットのバリをとって欲しい なんて言われる事がありますが、本当は楽器の事を考えたら、フレットのバリは危険信号。まずはきちんと加湿をしてフレットのバリがなくなること を目印にしてもらったほうがよいでしょう。

逆にギターが湿気ている状況は、乾燥と比べて少し分かりにくいかもしれません。指板でいうと、フレットの足の部分が指板からへこみ、くぼみができます。

他の症状としては、表板や裏板が膨張して膨らんだり、ネック反り(主に逆ぞり)が出やすくなったりします。

しかし、やはり分かりやすいポイントとしてはフレットサイド、指板端をみるのが一番でしょうね。

それと以前、現代ギター23年12月号にてギター製作家 佐佐木 聰さんの執筆で”製作家がズバリ解説!! 冬場の楽器管理”

という内容のものがあり、素晴らしい内容でしたのでよかったら読んでみる事をお薦めします。

現代ギター23年12月号(No.723)
※本号のサンプルをPDFファイルで読みたい方はこちら。 →  サンプルを読む。【レポート・読み物・エッセイ】■特集:ビウエラ:歴史、楽器、音楽、奏法、復興執筆:竹内太郎(古楽器奏者・研究家)6つのパバ...

長くなってしまったのでこの辺で・・・次回、気が向いたらうちの工房の温湿度管理について書いてみようかな と思っております!